めらブログ

国語科の文法教育、作文教育、そのほか教育に関すること。ブログ名をすこし変えました(本名がずっと出るのがはずかしくなって。。。)

公開講座「『生きて働く』文法とはどのようなものか?」の振り返り

公開講座、ぶじ終わりました

 先日告知した公開講座について、ぶじ完了しました(すこし間が空いてしまいました)。現在は、当日の配信内容に修正を加えたうえで、アーカイブ公開中を行っています。

 

mera85326b.hateblo.jp

 

 当日は、Zoomに70名以上の申し込み、YouTubeLiveは1100回以上の再生をしていただくことができました(のべ回数)。またTwitter上での議論について、Togetterでのまとめも作っていただきました。みなさま本当にありがとうございました。

 

togetter.com

 

 この記事では、当日の話題提起や質疑応答を受けて考えたことを、補足のかたちでまとめておきたいと思います。Liveあるいはアーカイブをご覧になった方も、まだの方も、どちらも読めるように書いたつもりです。

 

(1)「文法的に考える」ことの新たな意味

 今回の講座を実施して考えたのは、文法について考えると、結果的に国語教育全体について考えざるをえなくなるのだということです。

 

 たとえば、質疑の中ではインクルーシブ教育と文法教育に関する議論が出ました。教室には少なからず日本語を母語としない子どもたちがいるが、その子どもたちに対して文法教育はどのような寄与をすることができるのか、というご質問でした。

 

 いまの学校文法が第二言語教育にどのように資するかについて、すぐ答えを出すことは難しいです。しかし西川・青木(2018)によると、日本語を母語としない子どもは、母語とする子どもに対して、服の脱ぎ着に関する「(帽子を)かぶる」や「(靴を)ぬぐ」といった動詞(着脱動詞)の理解が弱いというデータがあります。これは着脱動詞がよく使われる家庭では、日本語ではなくそれぞれの母語を使っているためと考えられます。

 

www.hituzi.co.jp

 

 こういったことを、国語教育の教科書や現場がどれくらい踏まえられているかはわかりません。たとえばある小学校用教科書には、「聞くこと」に関する学習として、「白いぼうしをかぶり、リュックサックをせおっている」という音声をもとに「やまだゆかさん」を探す活動があります。ここでは、「やまだゆかさん」を探す手がかりとして、着脱動詞が使われています。これはおそらく、なるべく学習者の「身近な語彙」を示そうという教材作成者の配慮からです。しかし上記のようなデータを見ると、その配慮が一部の学習者にはかえって裏目に出てしまう場合もあるようです。

 

 また質疑応答のなかでは、大学生と「やさしい日本語」で話そうとした際、うまく自分の表現を「やさしい日本語」に言いかえられず、固まってしまう学生が少なくないという指摘も出ました。

 

www4414uj.sakura.ne.jp

 

 こういった状況をふまえると、今日においては「文法的に考える」ということ自体が、これまでとちがった意味を持つようになってきているのかもしれません。つまり文法を学び、自分たちの言語使用をふりかえること自体が、多様性がありインクルーシブな社会を実現することに寄与していく可能性です。このように今回の公開講座では、「文法を入り口にして、国語教育全体の位置づけを考え直す」ような議論が現われたのが印象的でした*1。この点は自分も大いに目を開かされました。

 

(2)「生きて働く」とはどういうことか?

 講座の内外では、文法が他領域(書くことや読むことなど)の活動と関連する、つまり「生きて働く」というときに、一体どこまでを「生きて働く」とみなすのかについての議論も出ました。

 

 この点について整理するためには(講座のなかではふれられませんでしたが)、茂木(2015)の議論が参考になります。茂木は、文法を含めた知識事項を学ぶ方向性として、次の2つがあると整理します。

 

①「実用派」

「話す」「書く」などの具体的な言語技術に結び付けられることを目指す方向。


②知識派

より高次の「考える」「分析する」能力の育成のために、現代日本語を観察し活用した指導をめざす方向。

 

(茂木2015、pp.61-62より、要約は勘米良)

 

www.asakura.co.jp

 

 今回の公開講座(3番目にご登壇の先生)の実践でいうと、4つ目の「主述の不照応」に関する実践は①実用派にあたります。主述のねじれといった生徒の作文に直接つながる知識を教えようというアプローチだからです。これに対し、3つ目の「品詞論を学び合いで理解する」という実践は②知識派にあたります。「名詞」「動詞」「副詞」といった品詞についてICTを活用しながら分類していくことで、生徒が品詞論(これ自体は作文などには直接つながらないかもしれない議論)について理解することをめざすアプローチだからです*2

 

 ここで問題になるのは、「生きて働く」文法といった際に、①実用派のことだけを考えていくのか、あるいは②知識派のアプローチも含めて考えていくのか、ということです。難しいのは、②だからといって生徒の言語活動につながらないとは言い切れないことです。質疑応答でも出ましたが(アーカイブ動画でいうと1:25:20ごろから)、3人目の登壇者の方は、②知識派のアプローチで行った授業が、結果的に生徒の「読むこと」にも生きてきた例をあげていらっしゃいました(文法学習を行った生徒たちが、中1「大人になれなかった弟たちに……」を読んだ際、「それなのに、飲んでしまいました」の「てしま(う)」に込められたニュアンス(後悔の念)に気づくという例)。このように「文法について考え」た内容自体は転化されなくても、「文法について考え」た経験が「生きて働く」ということは大いにありえます。これは質疑応答の中でも出てきた、特定の領域にとらわれない「汎用的な知識への跳躍」にもつながる議論に思います。

 

 そうだとすれば、この①実用派にあたる内容と、②知識派にあたる内容が自覚されず混在している状態では、指導や学習に支障をきたす可能性があります。どのような文法事項が①実用派あるいは②知識派にあたるのか、そしてそれぞれはどの段階を目標として指導するのかといった観点は、これからの文法のカリキュラムを考えるうえでの目印になる可能性があります*3

 

(3)RSTと文法教育

 講座中に十分ふれきれなかったのが、Googleフォームではご質問をいただいていた、RSTと文法教育の関係についてです。

 

 RST(リーディング・スキル・テスト)とは、「文章の意味内容を理解する」という意味での「読解力」が、いまの子どもたちにどの程度あるのかを測るためのテストです。このテストについては、たとえば次の新井(2018)が話題を呼びました。

 

str.toyokeizai.net

 

 このテストで注目されるのが、「読解力」につながるものとして、「照応」や「係り受け」といった文法の理解が想定されていることです。たとえばRSTでは次のような問題が出ます。

 

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

 

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを次の選択肢のうちから1つ選びなさい。

 

Alexsandraの愛称は(  )である。

 

①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

 

(新井2018、p.200)

 

これは述語「(Alexandraの愛称)である」の主語がなにかの理解を問うています。このような問題をRSTは「係り受け」の問題と述べています(正解は①)。筆者は、この問題の正答率が中学生で38%にとどまったことを指して、今日の学習者の「読解力」に警鐘を鳴らしています。

 

 ここで問題になるのは、文法関係を把握する力を「読解力」といってよいのか、「読解力」にはRSTで述べられている以外の力も含まれるのではないかといった点です。前者については「これはあくまで文法の理解力であって、『読解力』ではないのではないか」といった意見がありえます。後者については「『読解』というのは既有知識も総動員したもっと幅の広い営みであり、RSTがそのすべてを射程に入れているわけではないのではないか」といった議論がありえます*4。RSTそのものをどうとらえるかとは別に、このような議論は文法と「読むこと」の関係を考えるうえで不可欠です。ここで即座にこの問題について論じるのは難しいですが、今後の課題(より具体的には、今後公開される公開講座ブックレットへの課題/←と自分へのハードルを上げていく)として考えていきたいと思います*5

 

 なおRSTの問題については、2020年度の『教育科学 国語教育』(明治図書)で、全12回の特集連載「AIに負けない「読解力」を育てる」が組まれています。こちらもご参照ください。

 

www.meijitosho.co.jp


おわりに

 このように今回の公開講座は、コーディネーター本人が学ばされるところの多い、(わたしにとって)とても有意義な時間になりました。ご参加あるいはコメントをくださったみなさま、本当にありがとうございました。くりかえしになりますが、アーカイブ動画は以下のURLで配信中です。6月上旬ごろまでの公開予定ですので、ご関心のある方はお早めにご覧ください。

sites.google.com


 また本日(!)からは、全国大学国語教育学会 第142回東京大会の全体プログラムも開始いたします。こちらは申し込みが必要ですが、魅力的なプログラムが多数予定されています。ぜひこちらもご覧ください。

 

sites.google.com

*1:ある領域について考え始めると、結果として教科あるいは学校教育全体を考えざるをえない、というのはどんな議論でもそうなのかもしれません。ただ文法はとくにほかの領域と関連せず孤立しがちなことが批判されているので、文法でもこういった議論になったことは、個人的にとても印象に残りました。

*2:この品詞論の実践は、ICTを活用した文法授業の実践である点も注目されます。

*3:わたし自身、講座の最中にはこの観点はあまり意識しておらず、むしろ領域ごとの文法体系をつくる必要(そしてそれに伴うカリキュラム編成への難しさの懸念)について述べましたが、現時点では本文に書いたようなアプローチのほうが有効ではないかと考えています。

*4:なおRSTは文法に関することだけを問うているのではなく、「同義反復」「推論」「具体例同定」といった事項も問うています。

*5:RSTについては、講座の中でも絶対にふれたいと思いつつ、ふれきれなかったので、ご指摘いただきありがたいです……。